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発達障害と看取り

後悔が残る看取り方をしていませんか?

 

後悔の残らない看取り

 
私は母を看取った経験がありますが、母を亡くした後想像もしていなかったほどの“後悔”に苦しみました。
明確な理由がある訳でもなく、ただ自分が母に対してとってきた行動や言葉の全てが後悔の対象になったのです。
 
私のように大切な人を看取った後、後悔に苦しむ方が増えないようにと思い、私の思う後悔の理由を書くので、ぜひ参考にしていただけたら嬉しいです。
 
 

とにかく余裕がない毎日

私の場合、「最期は自宅で」が母の望みだったため、治療をやめて緩和ケアに切り替えてからは、週に1回の介護ヘルパーさん・2週間に1回の訪問看護さんと緩和ケアの医師〔主治医〕の往診、とプロの力を借りていましたが、基本は私1人で母の身体的なケアと食事や家事などの生活面のお世話、自分の自宅の家事や午前中のみですが、仕事もしていました。
毎日とにかく忙しく、私自身が時間に追われて余裕のない生活をしていたため、母とゆっくり向き合う時間が作れなかったのです。
 
写真やビデオを見て思い出話をしたり、2人でテレビを見る、一緒にご飯を食べる…など
当たり前のことですが、その当たり前が当時の私にはできていませんでした。
忙しさと慣れない在宅での緩和ケアに必死で、残り少ない時間、1分1秒が貴重な時間だということを忘れてしまっていたのです。
 
家事や仕事は手を抜いていいので、向き合う時間をたくさんつくってください。
今はお金に余裕がなくても、部屋が散らかったりバランスのとれた食事が作れなくてもいいんです。
なによりもまず一緒に過ごす時間を優先してください。
ただ隣にいるだけでもいいです。
心から向き合い、今日も一日ちゃんと寄り添えたなと思える看取りをしてください。
それができたかできないかで、その後の自分の人生は大きく変わってしまいます。
 

精神的なケアをしてあげられなかった

これも私に余裕がなかったことが大きな原因ですが、私達が“親子”だったことも原因の一つなのではと思っています。
 
我が家は母一人子一人の家庭だったので、母は当時まだ22歳だった私を一人残していくことをとても心配し、不安に思っていました。
治療をしていた4年半も治療をやめて緩和ケアに切り替えた5ヶ月の間も、一度も私に涙を見せたり泣き言を言ったことはありません。
 
ですが自分があと何ヶ月…何週間…しか生きられないとわかっていて平気な人はいませんよね。
母が亡くなった後見つけた母の手帳には、治療の辛さや死に向かう恐怖が書かれていました。
それを見た時、精神的な支えになってあげられなかった自分を責めたのを覚えていますし、今でもとても後悔しています。
 
自分も母親になった今、当時の母の気持ちも理解できます。
残していく我が子に心配をかけたくない、親として泣き言は言えないしこれ以上我が子に負担をかけたくないのだと。
そんな母の気持ちを私は子供として気付いてあげなければならなかったのです。
いや、正直に言えば…死に向かっていく母の状況を受け止めきれずにいた自分に、母の精神的なケアまではできなかったのだと思います。
 
私と同じように自分では精神的なケアまで手が回らなかったり、どう言葉掛けしていいかわからないのはよくあることだと思います。
そんな方にはぜひプロの力を借りてほしいです。
看護師や主治医の先生に、最近不安が強いようなので話を聞いてあげてほしいなどの口添えや精神的なケアについての相談をしたり、在宅の場合ですと、精神科の医師が往診してくれる所もありますし、臨床宗教師とよばれる方にお願いするのも良いと思います。
 

(最後に)心から向き合いやりっきたと思える看取りを

 
私は今でも母が不安や恐怖を抱えたまま死を迎えたのだと思うと後悔で押しつぶされそうになります。
私と同じようにわからないから、大丈夫そうだからといってなんの行動も起こさないのは後になって絶対に後悔します。
在宅で最期を迎える方は特に家族以外の人との時間が少なくなりがちなので、ぜひプロの力や、本人の親戚や友達などの心を開けそうな人に会わせてあげるなどの配慮をしてあげてください。
自分自身で精神的なケアができなくても、私がしてあげらることは全部やりきった!そう思えることができれば大丈夫です。
やりきったと思える看取りをした人に後悔は絶対に残らないです。
 
 
ぜひ、私の失敗と後悔を参考に後悔の残らない看取りをしてください。
 
長くなりましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
 
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